No.9 ワインを生み出す”神の子”
皆さまは〝ワインの創造主〟と聞くと、まず何を思われますか?
原材料のブドウやそれを育むあらゆる自然の恵み、その栽培や醸造に携わる人々も浮かんでくることでしょう。もちろんそれら無くして最終的にワインはできませんが、ある絶対的な主人公がいるのです。酒神バッカス?(笑)さて、今回はいよいよ「アルコール発酵」の秘密に迫ってみたいと思います。
ブドウ果汁が「ワイン」に変身するには、この発酵が必須で、それを実現してくれる唯一の存在が「酵母(サッカロミセス・セルビシエ)」という、肉眼では見えない微生物です。生物である以上、生命活動を行いますが、この酵母の食べ物が「糖」。ブドウ果汁の中で、この糖を吸収し「エチルアルコール」と「二酸化炭素(炭酸ガス)」に分解することでエネルギーを獲得し、自身の生命維持や増殖を行うと同時に、ワイン特有の香味成分も生成してくれています。こうした酵母が起こす代謝のおかげで、結果ブドウ果汁がワインというアルコール飲料に変身するのです。
この発酵のしくみと、酒づくりをする正体が酵母であることが証明されたのは、なんと19世紀も後半。それまでの長い歴史の間、ブドウ果汁がひとりでにブクブクと泡〝炭酸ガス〟を吹き始め、なんとも夢心地にさせる液体〝アルコール〟に変わっていく不思議な様は、人々にとってまさに〝神の仕業〟として映り、そう信じられてきたのも納得です。まさかミクロの生き物たちがその液体の中で必死の生命活動を行ってワインを生み出し、やがて自身が作ったアルコールの濃度にも耐え切れなくなると、その中で力尽き、まるで役目を終えたかのようにひっそりと沈殿物(おり)となっていたとは。なんとも健気な!
私自身、初めて発酵を開始した搾汁液の「ボコボコボコッ」という生命力にあふれた音を聞いた時には、その激しさに驚き、酵母の奮闘ぶりに感激したものです。彼らのおかげで人はワインが飲めるという恩恵を思うにつけ、この偉大な〝ちっちゃな生き物〟を愛しく思わずにはいられません。彼らはきっと〝バッカスの子供たち〟に違いない!(笑)彼らこそがワインの創造主。現代においてもワイン誕生はやっぱり神秘的なもので〝神の子の仕業〟だと思いたいのは私だけでしょうか。
〈この記事は2020年2月1日発行「LaPassione! 10号」の内容を掲載しています〉
クオルス・イタリア駐在員/小関智子 Tomoko Koseki
エミリア・ロマーニャ州在住。AIS(イタリアソムリエ協会)のソムリエの資格と公認添乗員ライセンスを持つ。現地で出会ったワイナリーとクオルスを繋いでいる。