2021.05.15| PASSIONE “情熱”

’001 18歳で夢見たレストラン 〜新潟のイタリア料理店がローマに店を出した!〜


新潟県内に2店舗、東京都青山や神奈川県に2店舗のイタリア料理店を展開するクオルス・リストランテ。始まりは、代表である高波利幸が25歳の時だった。上越市を出発点に関東へ、さらには本場ローマへ。新潟発イタリア料理店の軌跡を、代表自身が振り返る。それは一軒の料理店の物語、地方発一企業の挑戦体験だ。

18で夢見た「自分のレストラン」

 25歳で自分のレストランを開く。そう決めたのは18の時でした。新潟県上越市の高校を卒業したら、東京にある調理師学校で1年、料理修行を2年、サービスを2年学び、その後、経営や土地建物関係の勉強に2年。合計7年間で、独立に必要なすべてを身に付けようと計画を立てました。

 18の若者にとって、7年後は遠い遠い先のことで、25歳といえば立派な大人でした。ただ、計画した通りに過ごせば、大人の仲間入りができると信じていました。

 影響を受けた人もいました。高校2年の時に出会った喫茶店のマスターです。当時、私は、オートバイレーサーになるという夢を親に禁じられ、投げやりになって毎日、喫茶店に通っていました。マスターの小熊峰久さんは、東京で修業した後、生まれ育った上越市に戻って23歳で喫茶店をオープンさせた人。彼に自分のこと、将来の不安、何でも話すうちに、マスターが歩いてきた道、それをなぞるように、飲食業の世界に出てみたくなったのです。

 

19歳、修行時代のころ。右端が著者。

 計画通り、調理師学校を1年で卒業してからは、流行りのお店から本場志向のイタリア料理店まで、さまざまなレストランで修業しながら、新しいものを少しでも多く吸収しようと、ひたすら食べ歩きました。1988年。時代はバブルの真っ只中。東京では斬新な趣向を凝らした店が次々にオープンし、参考になりそうな見本がいくらでも転がっていました。お金は持っていませんでしたが、借金してでも学ぶという覚悟で、ちょっと素敵な店に行けば、パンフレットやマッチ、コースター、メニューなど、手に入るものを何でももらってきました。友人から「何で集めるの?」と聞かれれば「将来、自分でレストランを開くから、それに役立つと思う」と答えていました。


6カ月間のテスト営業

 

修行時代の写真。右が著者。

 7年計画の通り、25歳になった私は、上越市に戻りました。いよいよ、自分のレストランの準備です。ジャンルはイタリアン。調理師学校の研修旅行で初めてヨーロッパを回った時に「イタリア料理をやろう」と決めていました。ドイツ、フランス、最後にイタリア。もう重たい西洋料理は食べられないと思っていた私に、イタリア料理はやさしかった。パスタを食べてほっとし、ピッツァを頬張れば、小麦粉の香りに「ピッツァってこんなに美味しかったっけ」と思いました。

 街角を見れば、立ち飲み、立ち食いのお店。バールです。その風景がお洒落で、印象に残ってもいました。さらに、学校の仲間が目指していたのは圧倒的にフランス料理。次に日本料理と中国料理。イタリア料理はまだマイナーで、店も多くなかった。だからこそ、の思いもあったのでしょう。

 地元で開くイタリア料理店。「誰も見たことがないような店にするぞ」と意気込みました。3階建てのビルを建て、2階にレストランを入れるという計画です。完成には半年かかると聞き、「いい機会だ」とばかりに、リハーサルを兼ねた営業をやってみることにしました。

 6カ月間の限定営業は、知人から居抜きで借りた喫茶店でした。商店街にある雑居ビルの2階で、上には生命保険会社、1階にはすぐそばに建設中のワシントンホテルの開業準備室。もともと喫茶店ですから、必要な設備や道具は全て揃っています。開店準備をしていると、通りがかりの人たちから声をかけられました。

「何屋さんができるの?」

「イタリア料理店です」

「ランチはいくらくらい?」

「800円から900円くらいです」

「パスタとかある?」

「もちろんあります」

 生命保険会社の従業員が30人くらい、ワシントンホテルの開業準備室に10人くらい。その方たちがみんな、お客様になってくれました。すぐに1人では回せなくなり、なじみのガソリンスタンドにいた、見た目も愛想もいい若者に声をかけました。

「一緒にイタリア料理店やらない?」

「おもしろそうですね。いいですよ」

 というわけで、アルバイトの彼と2人体制で営業。飲食業については素人だった彼にいろいろ教え、休みの日になれば一緒に東京に行って、食べ歩きました。あれをきっかけに飲食業に魅せられた彼は今、上越市で自分のレストランを持っています。

次回「’002|1993年12月。25歳で1号店オープン」へ続く

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